「薬指の標本」

Yonda?CLUB に釣られて、新潮文庫をあさっております。
本屋さんで、ふと小川洋子さんの 「薬指の標本」 に目がとまったので
読んでみましたん。 フランスで映画化されて、東京では公開が始まったもよう。
公式サイト
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読んでると次々に映像が浮かんできたり、心地の良い余韻が残るような
言い回しの数々に愛しさを覚えたり。
“弟子丸氏の瞳は、なかなか薬指を放してくれなかった”という一文がすごく
気に入ってしまったんですけども、日本語も素敵なものだなぁと。

火事の焼け跡に寄り添うように生えていたキノコ、楽譜に書かれた音楽 ・・・ など
人々がいろいろな思い出や封じ込めたい思いを持って訪れる標本室を舞台にしたお話。

標本技術士の弟子丸氏が事務員のわたしに、一番悲しかったことでも
恥ずかしかったことでも標本にしたいと思うものはあるか、と尋ねるくだりがあって。
ここでの標本は趣味のものという意味合いより、様々なものを標本として封じ込め
保管してもらうことによって自分の気持ちに区切りをつけるもの。

私もぐるぐる考えてしまいましたさ。
封じ込めてしまいたいまでの悲しみや怒り、悔しさとかってあったかなぁと ・・
その時々ではあったけど、時間が経って自分なりに消化できたり
ステップに出来たのか、それほど思い浮かばなかったり。
て、単に忘却の彼方に行ったのが圧倒的かも?(笑)

でも一つだけあるのですねぇ。
失恋が元で自殺してしまった友達を想う時の気持ち。 封じ込めてしまいたい。
何年も経ってるのに、夏の終わりから年末の頃になると彼女のことを思い出して
何とも言えないざらざらした気持ちに。 彼女の力になれなかった自分の中の
後悔が大きすぎて、勝手にそんな思いに捕らわれてるだけなんですけども、
これだけはどうにも未消化のまま。
でも、封じ込めることは出来なくても、こうやって文字にしてブログに残すのは
ある意味、標本的なものと似てるかも?
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by chiko_patanyan | 2006-09-28 15:06 |